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2007年06月29日
アンリの手紙
ティエリ・アンリは8年間過ごしたアーセナルを退団することになりましたが、クラブへの想いを綴った彼の手紙が『ザ・サン』紙で公開されました。そのなかで、アンリをモナコからアーセナルに連れてきたアーセン・ヴェンゲル監督とデイビッド・デイン元副会長との絆、クラブとファンへの感謝の気持ちを語っています。
ヴェンゲルは契約が切れる2007-08シーズン終了後にクラブを去ることが有力視されており、デインは昨シーズンに退団してしまいました。そこでアンリはふたりの恩師と一緒に戦えないクラブに残るのではなく、新しい挑戦を選んだと解釈できる発言をしています。
また、彼がファンに感謝し、別れを惜しんでいたのも、アンリがファンから絶大な支持を得ていたからでもあります。同じ欧州とはいえ、フランスと英国は異国であり、文化や言葉も違います。それにロンドンは欧州最大の都市で、忙しい街です。しかしながら、このフランス人選手はロンドンの生活に溶け込み、この大都市についてしばしば誇らしげに語り、チャリティ運動にも精を出していました。それは、外国人ながらも快く迎えられ、サポートを得ていたからこそであり、彼らの気持ちに対して、そういった言動で応えていたのかもしれません。
手紙で綴っていたように、2005-06シーズン終盤に契約延長した時の記者会見で、アンリの両隣にヴェンゲル監督とデイン元副会長の姿があったのは、アーセナルでの生活を象徴していました。彼らとの日々があったからこそ、アンリはアーセナルにキャリアを捧げてきたのです。その絆は、バルセロナに移っても、強く結ばれ続けるでしょう。
ちなみにアーセナルでベスト3に入るゴールも紹介していました。
1、2004年4月9日 対リバプール
2、2004年5月15日 対レチェスター
3、2006年3月28日 対ユベントス
2007年06月22日
超豪華な結婚式に賛否両論
6月16、17日に4人のフットボーラーが宮殿やホテルなどで豪華な結婚式を挙げました。ジョン・テリーとガリー・ネビルの挙式費用はそれぞれ100万ポンド(約2億5000万円)、スティーブン・ジェラードは75万ポンド(1億9000万円)、マイケル・キャリックは25万ポンド(約6000万円)でした。その高額な費用は、セレブ雑誌『OK! magazine』や『Hello! magazine』と契約して、写真提供することで軽減したそうです。
招待されたのはウェイン・ルーニー、フランク・ランパード、ジョー・コールといった一流選手や、マーク・ヒューズといった往年の名選手、さらには歌手のロッド・スチュアートなどの著名人ばかりでしたが、少年・少女らも学校を休んでまで会場近くまで駆けつけました。
「好きな選手はJT(ジョン・テリー)! 学校で授業を受けている時間だけど、見逃したくないから来たんだ。それに有名選手を何人も見れて嬉しい」
スターの結婚式にはファンやマスコミが注目していたのですが、この豪華結婚式に否定的な意見もあります。
「お金と結婚の本当の価値について、息子にどう教えていいかわからなくなります。『何であんなにたくさんのお金を使うの?』と私に訊いてくるのです」 と母親が言えば、セレブに興味を持つある女性は、「センスがなさすぎ。結婚式のドレスじゃなくて、何かのショーと勘違いしているんじゃないの? セレブ雑誌をよく読むけど、本物のセレブとは言えない」と批判的な発言をしています。
その一方では、「豪華な結婚式に否定的なのはジェラシーを感じているから。稼いでいるプロ選手が、お金をかけて結婚式を挙げてどこが悪い?」
という考えの人もおり、彼らの結婚式には賛否両論です。この結婚式に対する周囲の反応を見る限り、プロ選手の生活スタイルや言動は国民にも大きな影響を与えている、と言えます。それが良い方向に働けばいいのですが……。
2007年06月15日
プレミア選手に人気のバカンス先は?
近年、プレミアリーグの選手に与えられるバカンスは短くなっています。ワールドカップ、欧州選手権、そしてアメリカやアジアへのツアーが、従来であればオフであった期間である6月から7月に予定されているためです。
一般的な労働者と選手のサラリーがそれほど変わらなかった20年前、一般人が旅行先で選手の姿を見かけるのは珍しいことはでありませんでした。しかし、いまは違います。
数年前だと、スペイン南部のマルベージャ近郊の高級リゾート地、プエルト・バヌスが、若手の有名選手に人気のエリアでした。リオ・ファーディナンド、フランク・ランパード、ジョー・コールはリピーターでした。英国から離れたスペインとはいえパパラッチに追われ、バカンスでもプライバシーが守られず、彼らはより遠い国でオフを過ごすようになったのです。
マスコミの目から逃れる意味でも、いまはアメリカが人気です。ほとんどのアメリカ人はサッカー選手のことを知りませんから、声をかけられることもなく、平穏無事に休むことができるのです。もちろん、若い選手は静けさばかりを求めていませんから、彼らのあいだでは刺激的なラスベガスが大人気です。
アメリカ以外に人気が出ているのが、恵まれた気候やショッピングが楽しめ、マスコミとの接触も少ないドバイ。ドバイ沖の人工島パームジュメイラにある別荘の4分の1は、サッカー選手も含む英国人が所有しています。デイビッド・ベッカム、マイケル・オーウェン、ジョー・コール、ガリー・ネビル、アシュリー・コール、キーロン・ダイヤー、ウェイン・ブリッジも別荘所有者です。
時間のない選手たちは、結婚式もオフに挙げます。オフは数週間しかなく、ジョン・テリー、スティーブン・ジェラード、マイケル・キャリック、G・ネビルも6月15、16日に挙式予定です。しかし、喜びも束の間、7月の第1週にはプレシーズンがスタートします。
2007年06月08日
大歓迎されるベッカムですが……
先週、メディアを騒がせるのに十分なニュースがありました。といっても英国王室のお家騒動などではなく、デイビッド・ベッカムのイングランド代表復帰です。いまのイングランドの様子を見ていると、彼は王室並みに国民やメディアへの影響力を持った選手だと思わずにはいられません。
ベッカムはドイツ・ワールドカップで低パフォーマンスに終始したことも関係し、同大会後に代表監督に就任したスティーブ・マクラーレンの最初の仕事は、このスターを代表メンバーから外すことになりました。しかし、その後の人選が適当でなかったのか、ベッカムのいないイングランド代表は苦戦を続け、代表バッシングは日に日に強くなりました。
苦境に立たされるなか、6月1日のブラジル戦にベッカムが代表に呼ばれたため、メディアやファンは救世主を迎えるがごとく歓迎したのです。少なくとも、いまの代表にベッカムが必要だと誰もが理解しているように見えます。これまでのイングランドに欠けていたものをもたらしてくれると信じていたからです。それは、イングランド・ファンがフットボールに強く求める「戦う姿勢、情熱」であり、スター気取りでプレーするのではなく、他の選手も彼のようなスタンスで望むべきでしょう。
ベッカムの復帰と活躍に喜んだのはファンだけではありません。紙面を構成する格好の材料を得たメディアもベッカム大歓迎の様子を見せています。彼が代表でプレーし続ければ、毎回取り上げることができるし、ベッカムの特集ページ数も増やせます。
ブラジル戦の引き分け、EURO予選のエストニア戦の勝利に貢献したベッカムは、不振で緊張が続いていた代表選手、そしてマクラーレン監督のプレッシャーを取り除いてくれました。その功績は大きいのですが、ベッカムがまた不調に陥り、代表、そしてベッカム本人へのバッシングが始まるのも、そう遠い日ではないようが気がします。
2007年06月01日
受賞式で見せたカリスマの素顔
ロンドンのロイヤル・ランカスター・ホテルで開催された、FWA(イングランド・フットボールライター協会)が選出する年間最優秀選手のパーティーに出席しました。同賞はちょうど60周年を迎え、今回はクリスティアーノ・ロナウドが受賞。この絶好調のポルトガル人選手は、プロ選手が選ぶ年間最優秀選手の他、最優秀若手選手やクラブ最優秀若手選手にも輝き、個人タイトルを独占しました。
2006-07シーズン開幕時の彼の状況を考えると、驚くほど評価は一変しました。06年ドイツ・ワールドカップ準々決勝でポルトガル代表がイングランド代表と対戦した際、リカルド・カルバリョを踏みつけたウェイン・ルーニーに対して、退場処分を主審に要求したC・ロナウド。帰国後は大ブーイングの対象となり、イングランド中のファンから敵対視されていましたから。
さて、FWAの受賞パーティーにはフットボールジャーナリスト、選手、元選手、監督らが出席。司会はアラン・シアラーが担当し、コメディアンが場を盛り上げてくれました。シアラーとは話す機会があり、彼のユーモアのセンスには驚かされました。「歳とともに髪が薄くなっているよ」などとジョークを飛ばすと同時にシリアスな一面も披露。「現役時代にマンUでプレーしていれば、もっとタイトルを獲得できたのに後悔していないのか?」との問いに対して、「私の選択は正しかった。地元でプレーするのが夢だったから」と出身地ニューカッスルへの想いが強かったと語っていました。
ユーモアセンス抜群のシアラーには、人を惹きつける力がある。自身の薄毛もジョークのネタにして周囲に笑顔をもたらしていた
また、ハリー・レドナップとも対面する機会があり、相変わらずカリスマのオーラを漂わせていました。ウェストハム監督時代、フランク・ランパード、ジョー・コール、リオ・ファーディナンド、ジャーメイン・デフォー、マイケル・キャリックといった当時の若手を育てましたが、意外なことに「ともに戦うなかで最も楽しかったのはパオロ・ディカーニオとの時間」と回想しています。
ジェイミー・レドナップの父親であり、フランク・ランパードの叔父でもあるハリー・レドナップ。数々の名選手を育て上げただけに、そのカリスマ性も強い
授賞式のあとは、フォーマルなパーティーとは異なったインフォーマルなバーに直行、夜明けまで語り合ったそうです。


ユーモアセンス抜群のシアラーには、人を惹きつける力がある。自身の薄毛もジョークのネタにして周囲に笑顔をもたらしていた
ジェイミー・レドナップの父親であり、フランク・ランパードの叔父でもあるハリー・レドナップ。数々の名選手を育て上げただけに、そのカリスマ性も強い