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2007年01月25日

ユース時代の仲間、インスと私

 前々回にお伝えしたとおり、育成に定評のあるウェストハム・ユースには優れた選手が多く在籍していたので、本当に生き残れるのだろうか、と入団前はナーバスになっていました。
私の周りにいた仲間は、ポール・インスに代表されるように、自信家と目立ちたがり屋ばかりでした。
ご存知のとおり、ポールは後にウェストハムでプロ選手になって、マンチェスター・ユナイテッド、インテル、リバプール、ミドルスブラで活躍し、イングランド代表のキャプテンも務めたビッグスターです。
いまも、イングランド4部のマクルスフィールド・タウンでプレーしている猛者です。

07012501.jpg98年W杯、96年と2000年のEUROにも出場したインス。黒人初のイングランド代表主将になるなど、私とは違いプロで大成功を収めた

 彼は、イーストエンド・ロンドンで育った典型的なウェスハムのプレーヤーで、絶対に成長するぞ、と本当にハングリーでした。
正直言って、ポールは私より巧い選手ではなかたのですが、別の能力、独自の強みがありました。
強烈なタックルとリーダーシップは誰も真似できませんでしたね。

 私自身のことを言えば、確実に成長していました。
フランク・ランパード・シニアがコーチしてくれましたから。
彼はウェストハムのレジェンドで、息子はチェルシーのフランク・ランパードです。
当時、私はプレーメーカーのごとく中盤でプレーしていて、ある晩に室内で練習していた時、何本も決定的なパスを通してチャンスを作っていたのですが、誰も私のことをストップできませんでした。うぬぼれではなくて、本当にプロになれると思いました。

 それから、ウェストハムの選手になれたことで、このクラブのシーズンチケットをもらえる、という特典がありました。
国際的なスター、トレバー・ブルッキングのプレーが観られるだけでも、とてもうれしかったですね。

07012502.jpgウェストハム・ユース時代の私には、センスがあったのだが……。当時はスリムで、動きも軽快だった

投稿者 steve : 16:21 | コメント (0)

2007年01月19日

FWAの受賞式に行ってきました!

 1月14日の夜、フットボールライター協会による『FWA(フットボールライター協会)トリビュート・アワード』の授賞式が、ロンドン市内にある5つ星のサボイ・ホテルで行なわれました。
私も、フットボールライター協会の会員なので参加してきました。

 長きにわたるイングランド・サッカー界への貢献が評価されて、ライアン・ギグスが『FWAトリビュート・アワード』を受賞しました。
昨年はブライアン・ロブソンが、そして一昨年はアーセン・ヴェンゲルが受賞していましたから、この賞の価値がお分かりいただけるかと思います。

Steve and Ryan.jpg「いまの調子を維持すれば、リーグ優勝できる」と私に力強く語った33歳のギグス(左)。17シーズン、マン・Uひと筋の男の闘争心は衰えない

 授賞式には、イングランドの著名なジャーナリストだけでなく、サッカー界の豪華な顔ぶれが揃いました。
マンチェスター・ユナイテッドのギグスが受賞したので、マン・UのOB、ボビー・チャールトンやアレックス・ファーガソン監督も会場に足を運んでいましたし、他にもガリー・リネカー、ジョージ・グラハム、アラン・カービッシュリー、サム・アラダイス、そしてパット・ジェニングスといった豪華な関係者が集いました。
それに、昨年に脳腫瘍の手術を受けたボビー・ロブソンの姿もありました。

 式では、協会のチェアマンがスピーチを終えると、チャールトンとファーガソンがギグスのキャリアを賞賛していましたが、興味深いことにファーガソンはマンチェスター・シティのユースでプレーしていたギグスとの出会いについて話していました。
どうしてもマン・Uにギグスを引き抜きたかったファーガソンは、ギグスが同意するまで、毎晩彼の家族の家を訪ねていたのです!

 私にとって興味深いのは、マン・Uのユース時代からともにプレーしていたデイビッド・ベッカムとギグスのその後のキャリアの変化です。
ギグスは物静かで、メディアのスポットライトを浴びることを好みません。
一方、ベッカムはレアル・マドリーに移籍してから、いっそう注目度が高まりましたが、次の所属先はセリエAやプレミアリーグといったメジャーなリーグのクラブではなく、米国MLSのLAギャラクシーです。
ギグスもベッカム同様、幾多のタイトルを獲得してきましたが、ベッカムとは違い、これからもサッカー界の第一線でリーグやカップ戦の優勝を目ざして戦い続けるでしょう。

投稿者 steve : 10:00 | コメント (0)

2007年01月12日

ウェストハムからのオファー

 私は、ウェストハムのホームスタジアム周辺の地域に住んだこともなく、このクラブのファンになる環境が整っていたわけでありませんが、ウェストハムのサポーターです。
少年時代にプロ選手になる野望を抱いて、ウェストハム・ユースに入団することができたからです。

 学校のチームに在籍していた時、ウェストハムのスカウトが何度か私の視察に訪れていて、ある時に1本の電話が入りました。
エセックスにあるウェストハムの練習場、チャドウェル・ヒースに来ないか? と誘われたのです。
こうして、私はウェストハムのトレーニングに参加するようになりました。

 オファーを受けた時は、天にも昇る心地だったのですが、次第に不安が大きくなってきました。
と言いますのは、ウェストハムは当時から育成に定評があり、ユースチームは度々、リーグや大会で成功を収めるほどハイレベルな集団だったからです。
それに、私は1時間半もかけて練習場に通わなければならないというハードな生活を強いられることになりました。
毎日のように、車で送ってくれた母には感謝しています。

 次回は、ウェストハム・ユースで私が経験したことをお話したいと思います。

070112.jpg大勢のサポーターの前でプレーしたい、というのも、プロ選手になりたいというモチベーションのひとつだった

投稿者 steve : 13:03 | コメント (0)

2007年01月05日

初体験の観戦で息子は……

 昨年12月末は特別な週でした。
それは、クリスマス休暇だからではなく、新年の前だからでもありません。
私の息子を、人生初となるサッカー観戦に連れて行ったからです。

 ルーカスは2歳半で、彼の両親はまったく別のチームをサポートしています。
彼の父(私!)はウェスト・ハムの大ファンで、彼の母と祖父母はチャールトンのファンです。
ですから、ルーカスをどのチームの試合に連れて行くかで、家族でもめていました。

 結局、観戦することになった試合はチャールトン―アストン・ビラ戦でした。
2006年12月30日、私の母と私はルーカスとともに、ロンドンにあるチャールトンの本拠地、バリーに足を運んだのです。

 スタジアムへの往路、大声を上げるファンを見たルーカスはとても興奮していましたし、車中で、息子にチャールトンのチームソングを教え込むと、非常に喜んでいました。
スタジアムに入ると、息子の様子が変わりました。
生まれて初めて見る、大勢の人がいましたから、驚くと同時に、恐怖心も抱いたようです。

 キックオフ前、ルーカスはチャールトンのマスコット、フロイドを目にしてから、ずっとそのマスコットに目を奪われていました。
試合中ですら、白熱した試合よりも、フロイドに夢中になっていたほどです。
そんななか、チャールトンはアストン・ビラに先制点を許してしまいました。
すると、あろうことか、ルーカスは「やったー!」と叫んでしまったのです。
我々は、チャールトンの応援に来ているにもかかわらずです。

photoA.jpg

 その後、チャールトンは同点に追い付くと、我々は試合終了10分前にスタジアムを後にしましたが、スタジアムから歓声が聞こえてきました。
チャールトンが逆転に成功したのです。チャールトンの勝利に歓喜した家族でしたが、ルーカスは帰路の車中で、初体験のサッカー観戦に疲れ切って寝てしまいました。

photoB.jpg photoC.jpg

投稿者 steve : 17:47 | コメント (0)